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九州の山を歩いています~できるだけ多くの三角点を訪ねます♪


by nanase
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お城巡り 愛媛と高知

せっかくの山口、広島路でしたが、夜なので景色わからず^^;でも関門海峡からの夜景は綺麗でした☆
山陽自動車道の八幡PAで仮眠を取って、早朝に四国へ渡ります。
しまなみ海道~~

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今治市に上陸。
今治城へ向かいました。

今治城は築城の名手、藤堂高虎公が建てました。

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開門はしているものの、開館までまだかなり時間があった^^;
散策で終わります。
それにしても、カッコいいお城ですね。

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堀と石垣は江戸時代のもので、あとは再建された建物です。お堀は海水が引き入れてあって、潮の干満で水位かかわり海の魚がお堀に泳いでるらしいです。

来島海峡に近いこの城は、村上海賊が去った後に築城されています。

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さあ登城~ お堀を渡っていく感じ、いいね!

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御鉄門

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藤堂高虎公像
江戸時代、伊勢津藩に移封になったのちも、飛び地として今治を領地としていて、高虎の養子 高吉が城代として町を整備していたそうです。高吉は丹羽長秀の三男なんだって。後継者であったろう高吉であったが、高虎に実子・高次が生まれて、高次の家臣となった。高吉と高次は仲が良くなかったらしいが。。高吉は分家を興している。良く凌いだね。

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松山城へ向かいます。
松山は路面電車ですね^^

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松山城は現存天守12のうちのひとつですね。

小山にたつ松山城にはリフトで登城しました。ホントは歩いていきたかったけど。。

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さすがに、観光客が多いですね。

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松山城は、加藤嘉明が関ヶ原の戦功で20万石で入封してきて築城しました。25年の支配のあと、40万石で会津に転封し、その後、蒲生氏が治め、松平氏が15万石で入封。明治まで統治が続きました。

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松山城は立派なお城でした。

登城記念の御朱印も頂きましたよ^^ 300円だったかな。

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高知へ向かいます。

高知城は関ヶ原で功があった、山内一豊が土佐一国を与えられて24万石で入国。
織田、豊臣、徳川と仕えてきたんだね。1605年に高知でなくなっている。弟の子に継がせて2代藩主とした。

山内一豊公像

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奥さんも内助の功で有名ですね。千代という名で知られていますね。一豊がなくなると土佐を引き払い、晩年は京都で過ごしたらしいです。

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水害が多かったらしく、完成に10年もかかっている。

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長宗我部時代の石垣をそういえば、たぶん見ていたのだが、なんだろうか?と、
写真を撮っていなかった^^;
御朱印も頂くの忘れていた~~~(´;ω;`)ウッ…

高知城から桂浜方面へと向かい、33番雪蹊寺 34番種間寺とギリギリ5時までにお参りできた。あとは、宇和島方面に向かうだけ
お風呂とご飯と寝床。。道の駅は早く店じまいしちゃうんだね。何か所か立ち寄ったけど、閉まってて周辺にも飲食店なし・・・
ひたすら先へ進むと、あった!お風呂屋さんと食事処が一緒になっていた^^
やれやれです。もうすっかり真っ暗。ガソリンスタンドに立ち寄ると(もう何度も給油^^;)、山方面は鹿がでてきて危ないから海沿いを強く勧められた。窓拭いてくれて、給油してくれて、久しぶりの人力方式。有難いな~♪

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海沿いを走り、見つけた道の駅で車中泊。結構何台もいたな。夜中まで車が行き交う場所のようだ。
明るくなってみると、湾の前にいるみたい。ベンチには自転車旅の人が、寝袋にくるまって寝ていた。お遍路さんかもしれないね。

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蛾かな 孵化してた。大量にいると、ちょっと気持ち悪いね><

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道の駅で知り合った方と足摺岬へ向かうことになりました。38番金剛福寺が素敵な場所らしく、一緒にまわりました。
尾道のオジサマだったのですが、車中泊で時々旅しているそうです。お寺にも詳しかった。
お寺でお別れして、私たちは足摺岬を散策。

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三角点があったよ♪

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さあ~愛媛に戻り、宇和島城へ向かいます。
四万十川沿いを上っていくコースをとりました。山道です。

道の駅で休憩。

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よって西土佐は、営業時間がいいね。鮎の塩焼きが売ってたので食しました^^
ただここのルート、道が狭い。。離合できない箇所があるため信号がついている。片側通行になる。
工事してたので、いずれ広くなるのかな。

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愛媛に戻ってきて、宇和島城です~(*^^*)

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こちらも現存天守12のうちのひとつでございます。

藤堂高虎が四国にまず入国したのが宇和島だった。海に面した地形をいかした縄張りとなっています。宇和島湾が一望です。

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ここは四国のお城を見た中で全く違う雰囲気ですね。石垣が古く感じます。木々が多く緑に囲まれていて山城の雰囲気。

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天守です。
関ヶ原のあと、宇和島8万石は安堵されて、新たに12万石加増されて今治城を居城としました。今治は最初に見学した海の城ですね。
宇和島城は、従兄弟が城代をつとめていたようです。
高虎はその後伊勢津藩に移封していってます。

江戸時代、1608年伊勢津藩から富田信高が宇和島に移封してきてる。富田信高の奥さんは女武者で有名ですね。戦場に夫を助けに赴いた人。宇喜多家から嫁してきた人らしいです。
その後1613年改易となり、1614年に伊達秀宗が10万石で入城。
明治まで伊達家の統治が続きました。伊達秀宗という人は、伊達政宗の長男だったそうですが、側室の子だったそうで、正室の子が仙台伊達藩主になっている。

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甲冑がお出迎え、カッコイイ

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松山市出身のイラストレーター茂本ヒデキチ氏のイラスト。カッコイイね。

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古地図もあった。

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天守を後にしました。

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大きな井戸跡がありました。

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こことは反対側の登城口付近に搦手門があったみたい。搦手門から堀(現在ない?)を渡る橋が、豊後橋とのこと。
豊後橋を渡った先が佐伯町。川が流れていて宇和島湾へと抜けられる。佐伯町は富田家の家老が佐伯さんでお屋敷があった場所とのこと、大分の佐伯とつながりがあるのかと思っちゃった。宗麟も宇和島に侵攻してたから。

御朱印頂きました。

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五つ目、最後の城へ向かいます。

大洲城です~~

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カッコイイですね~~

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大洲城は、鎌倉時代は宇都宮氏が守護として国入りし築城したお城。200年以上統治していたんだよね。
秀吉時代は、小早川氏、戸田氏の支配となっている。
小早川氏が筑前に移封していくと、戸田氏が宇和島城に入国して、のち本城を大洲城に移したのです。
戸田氏には後継ぎがいなく断絶、その後は、また出た~! 藤堂高虎が治めることになったのです。
そして今度は淡路洲本から脇坂氏がやってきた。
脇坂氏が信濃飯田藩へ移封していくと、伯耆米子から加藤氏が入国。明治まで統治した。

大木。災害で倒れたのかしら? 大木で造られたベンチがありました。

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天然の堀、川が側を流れていますね。肱川でしょうか、瀬戸内海へと流れていってます。

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丁度、電車が通りました。

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甲冑~

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天守は2004年に復元されたそうです。なんでも心柱を有する珍しい天守らしいです。
復元の際に使った木は、すべて国産で、大分の木も使われておりました。

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こちらにも大きな井戸の跡がありました。

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ご朱印頂きました~

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イソヒヨドリがいましたよ~

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慌ただしく駆け足で、5城、周ってみました。
同じようで同じじゃないお城。それぞれ個性がありましたね。歴史の裏にある背景を踏まえると、更にお城巡りが楽しくなりますね^^

九州へ帰ります。
帰りは航路。佐田岬から船に乗りました。要領がよくわからずも、キャンセル待ちの列に並んでいてタイミングよく乗れました。

バイバイ四国また逢う日まで~

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ただいまー大分、九州。佐賀関上陸。

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番外編

大分府内城。

まずは大分駅前から~綺麗になりましたね。
いやあ~変わりましたね。
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府内城

宗麟のお城じゃありません。
1597年に福原直高が築城しました。石田三成の妹の夫。義理の弟だね。関ヶ原を経て江戸時代は、竹中重利が入国。
その後は日根野氏、松平氏で明治。

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廊下橋なるものが復元されていた。

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三角点があった。

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文化会館はすっかりなくなり、あちこち工事中だった。こうして久しぶりに府内城を訪れてみると、なかなかいいじゃないか^^
天守、復元されるといいですね^^

お城のある町は、やっぱりいい(^^♪

長々したブログになってしまいました。。。読んでくれた方ありがとうございます。お疲れ様でした。

# by tikuzenootomo | 2019-06-06 22:30 | 戦国のたび | Comments(0)

愛媛と高知

福岡~山口、広島から、しまなみ海道を渡り四国・愛媛に上陸した。四国は初めて^^
村上水軍博物館に立ち寄りたかったけど、早朝のため開館していないので通過した。しまなみ海道は島から島へ渡っていく、海の関所だね。

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来島海峡を渡り、今治市上陸です。

今回は、愛媛と高知のお城を巡る旅がメインですが、せっかくなので道すがらにある霊場も訪ねることにしました。

松山市にある石手寺。

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朝早くから納経帳を手にお遍路さんと遭遇します。

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洞窟があった。

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出てきたら道路だったので戻りました。

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大師様にお参りして、石手寺を後にしました。四国霊場は御朱印に日付は書かないそうです。

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次へと向かうと、伊豫の國 椿神社。
こちらはかなり歴史古く、えひめのみこと(愛比売命)から愛媛県という県名になったとか。珍しいそうです。

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椿の木が沢山ありました。
令和記念は1000円。

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こちらに祀られている神様の御朱印も。2社で1000円。

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高知県です。雪蹊寺。

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こちらには、長曾我部信親公のお墓がありました。

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お寺の更に奥に秦神社。背後の山が長浜城址跡らしいですね。

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盛親公墓所。関ヶ原で敗戦。大坂の陣にても敗戦。激動の人だよね。

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移動して、34番札所 種間寺。

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四国最南端 足摺岬まで来たよ。道の駅で知り合ったおじさんと一緒に向かったのです。旅は道連れ~ですね^^
第38番 金剛福寺。

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自転車で、歩いて、巡礼をしている人をよく見かけた。それも一人で。一つ一つのお寺が離れているのに、車でも結構大変なのに、凄いですね。どうかご無事でと祈ってしまいます。四国は、凄いなあ。

九州へ帰ります。愛媛の佐田岬から大分の佐賀関へ渡るフェリーに乗りました。自分で手続きして初めての利用です。ちょっと戸惑いつつも、キャンセル待ちでギリギリ乗船できました^^;さすが軽自動車。こんなときも役立ちます。

佐賀関から鶴崎へ。
熊本藩の飛び地だった鶴崎には、加藤清正公が建立したお寺があるのです。お訪ねしました。

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清正公が杖を地面に突き刺したものが大きくなったそうですよ。大イチョウ。

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日蓮宗公式スマートフォンアプリ、合掌の証なるものがあるようで、ナビゲーションでもありお寺のスタンプと、マイル(参る)ポイントをためて、お寺とつながろう~というものらしいです。楽しそうですね♪

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半分ノープラン、面白い旅になりました。

# by tikuzenootomo | 2019-05-30 08:09 | ご朱印の旅 | Comments(0)
我が家のベランダには、春菊の花が真っ盛り^^。 いつの間にかあちこちの鉢にいた。

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今回読んだ本です。

営繕かるかや怪異譚 小野不由美著 こちらの作家さんは中津のご出身みたいです。

怪談といっても、家の間取りに問題があって発生する奇妙な現象を、営繕かるかやの大工の青年が修繕するというお話。霊現象を除霊して退治するという話ではない。家を住みやすく修繕するのだ。古い家ならあるかもしれない現象。子供の頃、おじいちゃんの家に行ってなぜか怖かったことを思い出した。こういう視点の怪談は初めてで、実に新鮮で面白かった。

居酒屋ぜんやシリーズ2作目 ふんわり穴子天 坂井希久子著

この本を読むとお腹かすくよ^^ あと、発見も多い。韮は薬草なんだね。

おんなの城 安部龍太郎著 福岡出身の安部先生。

4人のおんな城主のお話です。
織田信長の叔母の珠子の話。おつやの方はこの人だろうか。確か最後は信長に処刑されてしまうんですよね。
能登畠山家の側室 小夜の話。のちに遊佐続光の正室に。
井伊家の姫 直虎の話です。
立花誾千代の話。誾千代は実はキリシタンだったという展開です。なるほどな。

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# by tikuzenootomo | 2019-05-10 18:15 | 最近読んだ本・・ほぼ時代劇だけど | Comments(0)
GW最後の日は休みだったので、近場の山へ出かけた^^。 以前から登ってみたかった山です。
山頂付近に素敵な展望台があるとか。こちらは私有地だそうです。

郵便局先にある橋を渡り、山へ向かって車で上っていったのですが。。災害のため通行止めでした。やっぱり縁がないのかな~別の山に行くべきか~など思いつつ、もう一度地図を確認すると、(。´・ω・)ん? 今度は、一つ手前の橋だったかな、共栄橋を渡り、山道を上っていくと、ありました。成竹山登山口^^ 向かいには隆岳登山口も。

さあ出発~♪ 杉林ですね。

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沢沿いです。犬が通り過ぎていきましたよ(・・?

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石垣の跡。こちらが中村山荘跡でしょうか? 敷地が広いですね。大正時代に建てられ終戦まであったそうですよ。

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寺倉林道から登ってきましたが、かつては背振山、多くの坊があったそうで、那珂川町から背振へ向かう峠道だったらしいです。
詳しく調べてる方のホームページで情報を得ました(凄い人がいる)

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ひたすら上っていきますと、分岐に出ました。←成竹山 隆岳→
またここまで戻ってきて、隆岳へ下りましょう~

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少し歩くと、また分岐みたいです。
小川が流れてて、炭焼き跡などが見られました。

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ロープ伝いに上っていくのか、真っすぐ延びている歩きやすそうな道を行くのか。迷いました。
とりあえず、歩きやすそうな道へ様子見。

小川があり広場っぽいとこに出てきて、GPSで確認すると、間違いに気が付きました。一ノ岳へ向かっている道のようです。
個人的には、一ノ岳(筑紫氏のお城)につながっているなら、この広場に施設か何かあったかもと思ってしまう私^^

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さっきの分岐に戻り、ロープに頼りながら上ります。

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尾根に出ます。

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少し景色が見えます。九千部、一ノ岳方面でしょうか?

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着いた~!三角点が見えた~~♪

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成竹山山頂です~☆

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三等三角点。

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展望台は、この先を下ったとこらしいです。途中まで行ってみたら、結構な下りみたいな印象で、上り返す元気がなかったので^^;
隆岳分岐へ戻ることにしました。

隆岳ルート。上りだった( ゚Д゚)

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よく見かけた目印。中作とは中村さん、中村山荘を建てた人でこの辺りの山を所有してた方だそうですよ。境界の印なのかな。

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この付近も色んな道が見えてたりします。赤テープやリボンも。GPSで確認しながら歩きました。
背振ダム、板屋方面につながってる模様。

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道なりに少し歩いてみた。歩きやすい道が続いてるんです。
でもここで、尾根に上がることにしました。ルートから外れていくので。

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道があるんだか、ないんだかです^^;斜面を上ります~~

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テープはあったよ。

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尾根道を歩いていく。

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景色のいいとこに出てきました。本日一番の景色☆

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少し下ります。そこは広場。

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分岐ですね。
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正面を上ります。

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つられて(笑)

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上り着いたら隆岳でした~♪ こちらでしばし休憩(*^^*)

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隆岳の先は鷲ヶ岳につながっている。鷲ヶ岳は大友の筑前のお城の一つです。ってことはここも背振に行くための峠道だったかも?

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途中まで歩き、ここの赤いテープに寺倉林道と書かれていた。

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ちょいと崖だけど。。。

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テープは見えてるけど道がないよん。
もう気につかまりながら、必死で下りました(;^_^

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さ、ら、に、、この先も急降下していきます。

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滑るのです。ここも転ばないように必死でした。一番の難所だった。

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やっとなだらかになり緊張も和らぎ、登山口の駐車場に戻ってこれました。また探検に来たいですね。

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出会ったお花たち。

可愛らしいお花です☆ 名前がわかんない。。

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ホウチャクソウかしら?

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これはハナイカダでしょうか?

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白い花 何かな?

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何だろう~全くわからん

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シダなの?

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なかなか面白い成竹山隆岳でした(^^♪

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# by tikuzenootomo | 2019-05-10 02:15 | 登山 | Comments(4)

福岡 松尾城(小石原)

うきはから小石原へ向かいました。
随分と久しぶりですね。

こちらには福岡県指定の史跡 松尾城があります。平成16年に県指定になっているようです。本では知っていたのですが、訪れるのは初めてです。


松尾城は黒田家が筑前52万石に転封してきたときに、豊前との国境に造った筑前六端城のひとつです。
豊前の細川家を警戒していたのでしょうか。
戦国時代の城を改修して整備しています。

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戦国時代は秋月氏のお城でした。

発掘調査される前は、杉林に埋もれていたみたい。

現在は見事な縄張りのお城ですね。

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横矢 なるほど出っ張ってるね。

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畝状の堅堀、土塁、堀切、なるほどね。

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秋月としては黒田家としては、とても重要な見張り処であったのだろうね。
非常に、見晴らしがいいとこでした。
石垣からニョロニョロ、蛇に遭遇しましたよ。お城を守ってるんだね。

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歴史に埋もれずよかったです。
ここでも踏んばってた人々がいたんだよ!

ここらあたりは国境争いが絶えずあったらしく、ここの松尾城の近くにある行者杉の中に境石が建てられているそうです。行ってみればよかった^^;小石原の案内パンフには載ってたのよ。まさかそんな拠点とはつゆ知らずです。

復旧工事中の東峰村小石原でした。
また来よう~!

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# by tikuzenootomo | 2019-04-26 22:52 | 戦国のたび | Comments(2)